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眼鏡さんゴッドイーター引退ネタ
オチはない




短い間ではあるが、自分の帰る場所だったそこに喜之助は背を向けた。


幼いころから酷使し続けていたためか、成人するころには左腕をよく故障するようになっていた。
ゴッドイーターとなり人ならざる程度に力が付いたものの、その分重く扱いの難しい神機を愛用していたためか一向に治ることはなかった。
左腕のサポーターは今や欠かせないものとなるほどに。
その左腕にしびれを感じ始めたのが一か月前、戦闘中に神機を取り落したのが三日前。
その日のうちに辞表を出した。

(私も…所詮この程度だった…)

上司である角治郎には理由を話した。
彼は神機を軽くすればいい、と言った。
そうすればまだ大丈夫だと。
しかしここへきて覚えた苦笑で答えただけだった。
他には誰にも伝えていない。

和解していた父に脱退を告げると、“帰ってこい”という一言だけがメールされてきた。
人外な重さの神機は扱えなくとも、人の武器
─とりわけ負担の少ない武器ならまだ十分に扱えるはずだ。
それにあそこでなら教官としての道もあろう。
まだ使える自分がいる。

だいぶ古びた軍基地の門をくぐると、老いに差し掛かった一人の軍人が立っていた。
昔は自分同様つっていた目じりはしわを寄せて垂れ始めている。
担いでいた荷物を地面に落とし、昔のように気を付けで軽く敬礼する。
父である少尉は何も言わぬまま基地内施設へ向かって歩き出した。
らしいな、と心中で苦笑しながら黙って後を追った。

フェンリルで来ていた女物の私服から軍服に着替え、最終称号だった佐官の証明を付ける。
胸の下あたりまで伸びていた髪は耳が出る程度まですでにばっさりと切っていた。
もうゴッドイーターだった頃の面影は右手しかない。
たった一つの、しかし大きな証。
太もも辺りまでを覆い隠す大きさのケープを右肩にかけて腕全体を覆った。
これでいい。

「そこ!!ペースが乱れている!!おいていかれたいのか!!
 お前、腕が下がっている!!もっと上げろ!!」

元より高くない声をさらにできる限り低くして叫ぶ。
昔を知る者は“鬼が帰還した”と揶揄して笑った。
鬼には冗談が通じないことになっているため、何を聞いても昔のように笑うことはなかった。

自分は生まれて名前を付けられた時からアラガミと戦うことを義務付けられていた。
この男の名前は、戦いの世界でも舐められぬようにと父がつけた名だ。
一人の女として生きる道はもとより選択肢になかった。
成人するまでは対アラガミ軍の一員として、成人してからはゴッドイーターとして、ずっと戦い続けてきた。
もうゴッドイーターとして戦えなくなったのなら、一度は勘当された実家に戻ってでも戦い続けなければ。
例え、ゴッドイーターでなければ進化し続けたアラガミには太刀打ちできないと理解していてさえも。
そうでなければ、自分の存在する場所が、存在できる場所がなくなることが分かっていた。

─…楽しかった。
友人と、呼んでも許されるのか未だわからないが、たくさんの人に囲まれた生活は。
一人一人が脳内を掠めては去っていく。

“戦えない?ならお前は必要ないな”

そう言い放ち、最後に銀髪の男が冷たい目をして消えて行った。
執着しているつもりはなかった。
一人の人間に執着するなど、むしろ気にかかるなど、自分ではありえないと思っていた。
なのに、脳内のその冷たい目に顔を思い切りしかめた。
会えないことが寂しく思えた。

そんなはずはない。
向こうも同じはず。
居ても、居なくても。

喜之助は一度目を閉じて深呼吸をし、目の前の軍人たちに命令することに集中した。

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